【イラン旅行記】Day6 ローカルバスで「ペルシャ」丸出しの世界遺産「ペルセポリス遺跡」に行ってみよう!

ヤズドを観光したら、次は「シーラーズ」という街に移動する。

ヤズドを夜12時頃出発する長距離バスでシーラーズに移動。
この時のバスはVIPバスを選択したので、シートは広く快適。
6時間ぐらいの道のりで、途中トイレ休憩は入るのだろうと思っていたが、トイレ休憩は無く、ノンストップでシーラーズまで来た。
とはいえ、行程のほとんどはぐっすり寝ていたので特に問題はなかったのだが…。

ということで早朝にシーラーズのバスターミナルに到着。

辺りが暗すぎてバスターミナルの感じが全然わからなかったのだが、バスターミナルは結構広い上に、早朝にも関わらず結構な人がいた。

さて、本日はペルセポリスへ行く予定。
ペルセポリスへ行くバスは、長距離バスターミナルのすぐ近くにあるので、そのまま行きたいところなのだが、いかんせんバックパックが邪魔。

ということで、確保していたホテルにバックパックを置きに行く。
ホテルはバスターミナルから結構遠い場所にあるので、無駄足になってしまうが、バックパックを背負ったままペルセポリスを観光するのもキツイので仕方ない。

バスターミナルからは、タクシーでホテルに向かっても良かったのだが、早朝すぎて時間もあることだし、テクテク歩いて行くことにする。
ホテルまでの途中に「アリー・エブゼ・ハムゼ聖廟」というモスクがあるみたいだし、早朝から空いているようだったので寄ってみることに。

早朝のシーラーズの街は静か。

街を歩いていると、壁に落書きでは無く、ちゃんと描かれた絵があったりする。
その絵を落書きで傷めたりする感じも無いので、どうやら治安はよさそう。
全然平和な街ぢゃん。イランって。

アリー・エブネ・ハムゼ聖廟に行く途中に、地元のおっちゃんと出会う。

イランだったら当たり前のことなのだが、旅行者を見ると声をかけられることが多い。
「どこへ行くんだ?」みたいなことを聞かれたので「アリー・エブネ・ハムゼ聖廟に行くつもりだ」というと、わざわざそこまで案内してくれて、入り口まで教えてくれた(その時間空いている入り口は奥の方の一ヶ所だけだったので、教えてもらってありがたかった)

中に入ると、それほど大きく無い建物があって、中庭みたいになっている場所の地面には、何やら書かれたプレートがたくさん埋められていた。

ここのモスクは観光客に対してもオープンなモスクらしいので、気軽に中に入る。

ここのモスクは中が鏡張りでキラキラのモスク。
シーラーズのモスクには「シャー・チェラーグ廟」という有名で大きなモスクがあるのだが、そちらも鏡張りのキラキラモスクで有名。

アリー・エブネ・ハムゼ聖廟も大きさこそシャー・チェラーグ廟には負けるが、中のキラキラ具合は全然負けてないと感じた。

聖廟がある部屋はライトが緑なので、こんな感じで全体が緑色に見える。

聖廟がない場所は普通のライトなのでこんな感じだが、全体が小さな鏡で埋め尽くされているので、ライトの光が反射して、星いっぱいの夜空を見ているかのごとくキラキラ。

早朝で人が全然いなかったことと、シャー・チェラーグ廟ほど有名なモスクでもなく、内部にも気軽に入れるので、個人的にはこちらのモスクの方がオススメかな。

こんな早朝にも関わらず、ちゃんとお祈りに来ている人もいてちょっとびっくり。
イランでも、真面目にお祈りをする人は結構いるんだなぁ〜と感心する。
もちろん、モスクの控え室みたいなところで居眠りしている人も多いことは事実。

とりあえず、シーラーズの街は明日ゆっくり観光できるので、街の観光はそのぐらいにして、急ぎめでホテルに向かい、バックパックを置きに行く。

バスターミナルからホテルまでは歩くと結構あったので、ホテルからペルセポリス行バス乗り場へ行く時は、ホテルの前を走っていた適当なバスで向かう。
どこ行きか?というのは全然わからなかったが、まあ、「変な方向に曲がって行ったらすぐに降りればいいや」という軽い気持ちで乗ったら、意外と良い場所まで行ってくれた。

シーラーズのメイン通りを走るバスで、番号は71番だった。
このバスはシーラーズの有名な観光ポイントである「シャー・チェラーグ廟」や「ピンクモスク」の前を走るので、観光するには意外と使えるバスかもしれない。

シーラーズでバスに乗るには、とりあえずバスに乗り、運転手に10000リアルを渡せばOK。
あまり大きなお金でなければちゃんとお釣りはくれる。
現地の人はSuicaみたいなカードで乗るので、現金で直接乗る人は少なく、運転手も若干戸惑った感じもあった。

早朝のシーラーズの街はいろんな面白い物も見られる。

これは多分、商店に商品(パン)が納入された風景だと思われる。
まあ、こんな直置きもすごいし、これが盗まれてないってことからも、かなり平和な街なんだなぁ〜と実感できる。

あと、シーラーズの街にはイランの他の街ではあまり見かけなかった公衆トイレが多かった。

公衆トイレはこんな感じで看板があるし、利用してないのでよく分からないが、建物の外観を見る限り、そんな汚そうな感じもなかった。

イランで観光している最中にトイレに行きたくなったらどうすれば良いか?
答えは簡単。
モスクを探せば良い。
モスクにはトイレが完備されているし、メンテも行き届いているので、汚くはない。

ということで、イランでトイレにはあまり苦労することは無いと思う。
まあ、紙は流せないのでそこら辺だけ注意が必要。

そんなこんなでペルセポリス行きバス乗り場に到着。

バス乗り場は長距離バスターミナルのすぐ近くで、道路を渡った反対側。
川沿いのところにある。

バス乗り場の外観はこんな感じ。
長距離バスターミナルよりも狭いので、この写真以上でも以下でも無い。
まさしくこれだけ。

バスターミナルに着いたら、そこら辺でたむろっていたおじさん達に「ペルセポリス行きたいんだけど…」と言うと「バスはあれだよ」と教えてくれた。

そのバスは上写真のバスで、メルセデスベンツの車両だったのだが、今まで見たこともないような形だし、今まで見たこともないくらいボロボロだった。
正直「ここまでボロボロで走るんだ〜」と関心するぐらいなのだ。

何時に出発するのかわからないが、とりあえずバスの中で待つ。
他に客が来ないので「本当にペルセポリスにいくのか?」と不安だったが、しばらく待つと、1人2人と客が来て、それほど待たないうちに満員になる。

他の客は全て地元の人たちばかりで、観光客らしき人は誰一人としていなかった。
多分これから行くペルセポリス方向へ行く地元の人の大事な足となっているんだと思う。

乗客がいっぱいになればバスは出発。
タイムテーブルはなさそうだ。

バスはペルセポリス方向の「マルヴダシュト」という街に向かう。

約1時間ぐらいで、ペルセポリスの手間にある街「マルヴダシュト」に到着。
バス代は25000リアルぐらい(100円もしない)だったのだが、正確にはいくらかよくわからず。
と言うのは、行きと帰りでは値段が違かったから。
いずれにせよ、そのぐらいの値段なので、ちょっと多めのお金をドライバーに見せれば、正確な料金を徴収し、お釣りはちゃんと返してくれる。
基本的にイラン人はぼったくったりせず正直と考えて良い。

マルヴダシュトの街ではどの辺にバスターミナルがあるのかなぁ〜?と事前調査では見つからなかったので不安だったのだが、結局、街に入ったすぐのところの道端でバスは止まる。
特にバスターミナルらしきものは無いようだ。
ちなみにシーラーズに帰るときは、同じ場所付近の反対車線に同じようなバスが止まっているので、そこから乗れば良い。

さて、マルヴダシュトの街のバスを降りたところからペルセポリスまではタクシーしか無いので、タクシーに乗る。
バスを降りる人を待ちかまえたタクシー運転手が居るが、想像したよりずっと少なく、せいぜい4〜5人といったところだった。

マルヴダシュトからペルセポリスまでのタクシー代は「歩き方2017・18」によれば「言い値で30万リアル程度」とあったので、「え〜!結構高いなぁ〜」と思っていた。

自分はペルセポリスだけではなく「ナグジェ・ラジャブ」と「ナグジェ・ロスタム」にも行こうと思っていたので、「そこまで行ったらかなり高くなるなぁ〜」と思っていた。

ところが値段交渉でいきなりドライバーが提示してきた金額は全て回ってマルヴダシュトまで戻ってきて40万リアルだと。

「え”っ?まぢで?」 想像よりもかなり安いぞ。
値段聞き間違ったか?と思って再度確認したがやはり40万リアルだと。
想像よりもかなり安かったので、まともに交渉もせず、あっさり乗る。

タクシーはまずペルセポリスに向かうのかと思ったら、最初に向かったのは「ナグジェ・ラジャブ」だった。

ナグジェ・ラジャブは国道沿いに「ちまっ」と鎮座する観光ポイント。
普通に車を走らせていたら、絶対に見逃すだろうと言う感じの場所だ。
しかも、入り口からでは「どこがみどころなんだ?」と思う程で、近くに寄ってやっとレリーフが認識できるほどだった。

んで、近づいてレリーフを見てみると、意外や意外、これが結構綺麗に残ったレリーフなのだ。
この写真はシャープール1世と臣下のレリーフ。

この他にもレリーフは2〜3個ぐらいしか無いのだが、どれもそこそこ立派だ。

これらのレリーフは「サーサーン朝初期」に作られたレリーフらしい。

ナグジェ・ラジャブは本当に小さいので、数分で見終わってしまうぐらい。

んで、次に向かうは、ペルセポリスとさらに反対側に国道を行ったところにある「ナグジェ・ロスタム」

ナグジェ・ロスタムは先ほど見たナグジェ・ラジャブとは違ってかなり大きい。

岩山にどど〜んと王墓が掘られていて、下には、これまた綺麗に残るレリーフが掘られている。
王墓は主に4つある。

王墓と広場を挟んで反対側には「ゾロアスター教の神殿」と考えられている立派な建物もある。

岩山に掘られている4つの王墓はそれぞれ「ダレイオス2世」「アルタクセルク1世」「ダレイオス1世」「クセルクセス1世」の墓と考えられているもので、自分のようなど素人にはそれぞれの違いが全然わからず、どれも同じに見えてしまう。
しかしながら圧巻なのはその大きさ。
さすがに岩山にどど〜ん!と掘られているだけあって、そのデカさには感動だ。

王墓の下にはレリーフがある。
ほとんどは戦いの図で、その王がどれだけ勇敢だったかを示しているんだと勝手に想像。

それにしても、これまで風雨にさらされていたのに、しっかりと残っているのは不思議。

「歩き方」に「傑作」と紹介されている「騎馬戦勝図」。
確かに素晴らしいレリーフだと納得できる。

さて、ナグジェロスタムを見学し終えると、続いてはいよいよ本丸である「ペルセポリス」に向かう。

イランの観光ポイントの入場料はどこもかしこも20万リアルが一般的。
これは本当に小さくて「えっ?これだけ?」と思わず言ってしまいそうなところでも、ペルセポリスのような世界的に超有名な観光ポイントでも同じ。
日本円で650円ぐらいだ。
なので、一日いろんな場所を観光すると、それだけで地味にすごい金額となる。
食事代や交通費はかなり安いのに観光地の入場料はそれと比べてすごく高い。
自分が両替した現金のほとんどは入場料に消えたんぢゃないか?と思うぐらいなのだ。

ほとんどの観光ポイントは大したことはないのでいつも「高いなぁ〜」と思っていたのだが、ペルセポリスまで同じ値段だと逆に「これ20万リアルだったら安すぎね?」と思ってしまう。

ペルセポリスのチケット売り場から、遺跡入り口(チケット検札所)まではかなりの距離を歩かなければならない。

遺跡の中へは大きめのバックなんか持っていると、チケット売り場横の荷物預かり所で預かってもらうように言われてしまうので、本当にハンドバックぐらいの大きさぐらいでなければ、早めに諦めて預かり所で預かってもらった方が良い。
自分はトレランとかで使われるような小さなバックパックだったのだが、それでも荷物預かり所のおっさんに「預けてけ」と言われたぐらいなので、ほとんどの大きさのバックは持ち込めないと考えて良いだろう。

Googleの航空写真で見ると、チケット売り場と検札所がいかに離れているかわかるだろう。
検札所で「荷物を預けてけ」と言われてしまうと、この距離を歩いて戻らなければならない。

そんなこんなで、いよいよペルセポリスの遺跡内に入る。

検札所を抜けたら、まず目の前にそびえ立つのが「大階段」

大階段はペルセポリス唯一の出入口で、正面に向かって左右にある。
1段があまり高くない111段の階段で出来ていて一段づつ石を積み上げたわけではなく、一つの岩から5段分の階段を切り出して削ったという「なんでそんな面倒なことを…」と思ってしまうような造りだそうだ。

実際には石の階段を直接登れるわけではなく、現在は「すのこ」みたいな木が置かれている。

大階段を登って遺跡内部に入ると、まず現れるのが「クセルクセス門」

クセルクセス門はここがかつて「門だった」というのがわかる程度に現在は残っていて、門の柱には色々な動物(想像上の動物?)のレリーフが施されている。

頭部は偶像崇拝を禁止するイスラム教徒によって破壊されてしまっているが、残った部分を見る限りでも、見事な出来栄えと大きさだ。

クセルクセス門を抜けてさらに進んでいくと、いかにもイランらしい「双頭鷲像」が見えてくる。

イラン航空のシンボルマークにもなっている双頭鷲像がこれ。
ネットで「イラン」と検索するとよく出てくるものなので、見たことがある人も多いかも。

自分も「あ〜、これ見たい!」とここに来るまで思っていて、期待大だったのだが、アクセスできる通路から実際の双頭鷲像までの距離が結構遠くて、細部まで見ることができない。
ネットでよく見る写真は、結構良いカメラでズームして撮ったんだなぁ〜と思う。
自分も下の写真はiPhoneのカメラで最大限ズームして写真を撮った。
ちなみにズーム無しで撮ると上の写真のようになる。

さて、続いて向かうは、ペルセポリスのメインではないか?と言っても過言ではない「東階段」へ。

「イランの有名な遺跡=ペルセポリス」と言っても過言ではないと思うし、「ペルセポリス=東階段」と言っても過言ではないので、結局ペルセポリス観光に来ている人のお目当てはここ。
結局のところ、東階段はすごい混みようで、特に有名なレリーフがある南側の混みようはかなりなものだった。

この東階段は「アパダーナ」と呼ばれる「謁見の間」にアクセスする階段で、その階段の壁には見事なレリーフが施されているので有名になった。

ライオンが牛に噛み付いている姿なんかは力強くて今にも動き出しそうだ。

このレリーフは北向きの階段脇にはメディア人とペルシア人の高官が交互に並ぶ様子が掘られていて、南向きの階段脇には王に贈り物を献上する属国の死者の様子が彫刻されている。

北側のレリーフはほとんどが同じものなので人気が低めなのだが、南側のレリーフにはいろんな国の特色がレリーフに表現されているために人気が高い。
ガイド本なんかと見比べながら細かく見ていくと結構面白いものだ。

ただし、この写真からでもわかるように、レリーフには色がついているわけではないので、自分の目で見ないと、写真だけでは細かい部分がよくわからない。

さて、その東階段から謁見の間である「アパダーナ」へアクセス。

アパダーナにはたくさんの大きな柱が残っていて、その柱の大きさからしても、当時の建物の大きさが想像できる。

全ての柱が残っているわけではなく、一部の柱は無くなっていて、土台だけ残っている場所もあるが、土台だけ見てもかなりの大きさ。

アパナーダから次に向かうは、隣にある「タチャラ」という場所。

タチャラはダレイオス1世のプライベートな宮殿で、敷地の広さはそれほど大きくは無いのだが、柱や門などは結構残っている感はある。

土台の部分にはレリーフも施されている。

この土台のレリーフは、よくよく見ると東階段に負けないぐらいのレリーフなのだが、こちらのレリーフは人気がないのか?観光客はかなり少ない。

続いて向かうは「宝庫」エリアの中にある「クセルクセス2世のレリーフ」

この場所一帯にはかつてたくさんのお宝が保管されていた場所。
んで、ここにはイランで重要なお祭り「ノウルーズ」で贈り物を受け取る「クセルクセス王」のレリーフが置かれている。
屋根がついて保護されているが、半雨ざらし状態。
それでもしっかりとレリーフが残っていて立派。

さて、ここからはちょっと小高くなった丘にある王墓に向かってみる。

ここにあるのは「アルタクセルクセス3世」の王墓。

ペルセポリスに来る前に見た「ナグジェ・ロスタム」のように、山肌に王墓が掘られている構造。
日本人が持つ「墓」としてのイメージとは異なるが、かなり大きくて立派。
上の方にはレリーフなんかも掘られている。

この王墓は小高い丘の中腹にあるので、ペルセポリスの全体像を見渡すことができて、眺めが良い。

ペルセポリスは世界中にその名が知られているだけあって、結構広い。
これだけの広さの遺跡がそのまんま残っているのは、やはりすごく貴重なことなんだなぁ〜と思う。

この王墓からさらに奥に行った外れの場所に「アルタクセルクセス2世」の王墓があるみたいなので、こちらにも行ってみる。

ちなみに「歩き方」によれば、先ほど見た王墓が「2世」のものだとなっているのだが、Google Mapによれば、先ほどの墓が「3世」の物で、今から行こうとしている墓が「2世」の物という表記になっているので、一応Google Mapの方を信じることにするが、まあ、どちらも王の墓ってことでは一緒だ。

こちらの王墓も大きさは先ほどと同じぐらいで立派。
ペルセポリスの外れにあって、ここまで来るには結構歩かなければならないので、ここまで来る人は結構少ない。
団体客なんかは絶対に来なそうな感じ。

ここからペルセポリスを見ると「お〜、結構遠いなぁ〜」という感じだ。

さて、ペルセポリスの見学はここらで終了。

まさしく我々が想像する「ペルシア」の面影を強く残す遺跡で、なかなか面白い。
時間に余裕があれば是非来た方がいいと思う。
アクセスは結構簡単だし、入場料も割安だと思う。

さて、そんなこんなで、ペルセポリスからタクシーでシーラーズ行きのバスが出る「マルヴダシュト」の街まで戻る。

シーラーズの街まで戻るのもバスを利用。

帰りのバスもやはりオンボロだったが、女学生らしき地元の女性がたくさん乗っていた。
ペルセポリスに行く観光客の為のバスではなく、地元の人たちの重要な生活の足となっているバスなんだなぁ〜という感じがする。

シーラーズの街からペルセポリスはちょっと離れた場所にあって、アクセスも面倒臭そうだった。
正直、行こうかどうか迷ったが、実際に行ってみるとバスを一本乗るだけだし、全然簡単だった。
時間ギリギリのスケジュールでは難しいが、半日ぐらいの時間が取れれば、ちょっと早足で見学することで、見に行くことは全然可能だと思う。

さてさて、この後はシーラーズの街を色々と回ってみますよ。
イラン旅の第二の目的でもあった「ピンクモスク」も登場。
果たして、ネットやガイド本で見られるような幻想的な風景は見られるのかっ!

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